第1回 『働いたことが無い』

  働いたことが無い。
今の今まで、かっちりと働いた実感というものがまるで無い。
こんなことを書くと私をよく知る友人達から笑い飛ばされそうだが、実際のところ本当にそうなのだ。  

  こうしている間にも、来週締めきりの資料がバイク便で送られてくる。
中身はビデオテープで、その映像にこまかく音楽をつけてゆく。
ここ3年ほどレギュラーになっているNHKの幼児番組「いないいないばあっ」の劇中音楽だ。

今回は3週分まとめて「わんわんのおさんぽ」というコーナー。番組の主要キャラクターの一人
「わんわん」の一人芝居なのだが、扮する役者さんが達者なせいか撮影スタッフの苦心によるものなのか、とにかく見ていて面白い。音楽なんか無くても充分に見ごたえがある。

視聴者の大部分が幼児であるが故の出来る限りわかりやすい番組作りをあえて心掛ける必要が無ければ、もっと無音であっても許されるだろう。音が溢れすぎている現代社会を生きていくためには、いっそ無音状態にたち返る姿勢も必要だ。今度ディレクターに提案してみよう。

・・・・・などとしみじみ考えている人間の一体どこが「働いたことが無い」のだ、と人は思うかもしれない。
くり返し書くが、やっぱり私は「働いたことが無い」。



  打ち合わせ。録音。報酬。明細書。契約書。印税。著作権使用料計算書。演奏料。歌唱料。源泉徴収。 作品コード。ブンパイリツ。シャフヤサン。

音楽業界なだけにやや柔らかく特殊だが、それでもみっちりとお仕事アイテムに取り囲まれて暮らしていると いうのに、どうして働いている実感が無いのだろう。

この仕事を始めた時からずっとそう。
始まりもものすごく曖昧で、気がつけば何だかお仕事だらけ。
無自覚。
今でも「音楽をしています」がスラッと出てこない。

わけもわからず仕事が増えて広がり、忙しいはずなのに消耗するほど神経を使うまでにはどうしても至らない。 そのかわりと言っては何だが暇な時にはじっくり丁寧に仕事をする。
あまりにも暇だと旅行に行く。

ずっとフリーランスだが営業の類いはしたことが無く、それでも何処からか話を聞き付けて見知らぬディレクターさんが作曲を依頼してきたりする。
一度しか会ったことのないミュージシャンから大推薦されて仕事を頂いたこともある。

この職種の性質なのか私の資質なのかよくはわからないが、努めてぼんやりと作業する。
きっとその方が万事うまくゆくと信じている。

  何時間も作業するのだからキメキメの服装でスタジオには行かないし、すぐにお腹がすく質なので 大抵私かマネージャー女史がお菓子持参だ。
仕事中にイライラしたことなど一度もない。

コマーシャル音楽の録音現場で困ったことを言いだすクライアントのお偉いさんがいたとしても自分の曲なのにどうも他人事のようにしか思えず腹も立たない。

きりきりと研ぎすましていなければイメージが湧いてこないなんて、窮屈で大変そう。
ふだんの生活と同じように、自宅での作業もゴハン作るのも。

苦労しなければ産みだせないものも世の中にはあるけれど、あまりピンとこない。
どちらかといえば涙もろい。
関係ないかもしれないが、犬好きである。

─────ここまで書き連ねるとただの鈍いナマケモノのようだが、働いている実感が湧かない理由が何となくではありながらも、分かる気がしてこないだろうか。  

(了)-1999.9.12-